建物探訪
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後楽園内にある建造物のご紹介
園内各所に配された延養亭をはじめ能舞台や茶室などの建物には、当時の歴代藩主のさまざまな思いが込められています。
また各建物はお客様に貸出をしています。(有料、予約制。※延養亭を除く)
庭園を眺めながらのお茶会やお食事会、そしてお花見などにいかがでしょうか。詳しくは、利用案内をご覧下さい。

1.延養亭(えんようてい)
藩主が後楽園を訪れた時の居間として使われた建物です。築庭当初から現在の位置に建てられ、藩主の座る主室からの眺めが最も美しくなるように、庭園が作られています。戦災で焼失したが、昭和35年、築庭当時の後楽園を描いた「御茶屋御絵図」を元に、当時第一級の材料を集め、最高の技術によって復元されました。

2.鶴鳴館(かくめいかん)
江戸時代から伝わっていた建物は戦災で焼失し、その後昭和24年、山口県岩国市の吉川邸を移築したもので、武家屋敷のたたずまいをよく伝えるものです。 江戸時代にあったのは茅葺きの建物で、数室に分かれ、使う人の格や用途に応じて使われていました。時には来訪者をもてなす部屋としても使われました。


4.能舞台(のうぶたい)
後楽園の築庭を命じた綱政は、能に熱心で優れた舞手でもあり、時には藩内の人々に拝見を許しました。 能舞台も戦争で焼失したため、綱政の子、継政時代の遺構をもとに復元されました。 鏡板の松と切戸口板壁の竹の絵は、郷土の画家池田遙邨画伯の筆によるものです。


6.墨流しの間(すみながしのま)
能舞台脇正面にあり、東側の障子をはずすと能の脇見所(けんしょ)となります。床(とこ)の壁に、墨を流したような壁紙を張っていたため「墨流しの間」と呼ばれています。



9.観騎亭(かんきてい)
園内北に位置する馬場に面して建っています。 江戸時代には、家臣が馬術の上達ぶりを藩主の前で披露する行事があり、藩主は、この建物からその様子を眺めました。 桜の時期には、180メートルの馬場を桜が染め、花見の人気スポットとなります。


11.寒翠細響軒(かんすいさいきょうけん)
沢の池をぐるりと臨むことのできる美しく小さな建物。 寒翠はさえた緑色、細響は細やかな響きという意味。 建物の北側に広がる松林の緑色と静かな佇まいをイメージしたものと思われます。 南側の障子を開けると、正面に唯心山や沢の池が一望できます。

12.茶祖堂(ちゃそどう)
幕末の家老の下屋敷にあった利休堂が、明治20年頃に移築されました。 戦後再建され、岡山の生まれで「茶」を日本に伝えた栄西禅師も一緒にまつられたことから「茶祖堂」と呼ばれるようになりました。

13.茂松庵(もしょうあん)
戦災で焼け、昭和27年秋再建されました。 二色が岡にあり、落ち着いた佇まいとなっています。 時候の良い週末と祝日には、お抹茶の接待がおこなわれます。 お茶席としての使用に限り、借りることができます。
