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後楽園のタンチョウ

江戸時代の後楽園とタンチョウ

「千代やへん空とぶ鶴のうちむれて庭におりいる宿の行末」(池田綱政)
ある日、延養亭の前庭に降り立ったタンチョウをみて、藩主綱政が瑞兆(おめでたい出来事の兆し)と喜び和歌を詠んだという記録が残っています。
その他にも、庭に鶴が飛来したときや、園内で飼われていた鶴に卵が生まれたときには、江戸にいる藩主に知らせていたという記録もあります。
また、文久3年(1863年)の絵図には、「ツルベヤ」12部屋が記載され、芝生に5羽、砂利島に2羽の鶴の姿が描かれています。
江戸時代の後楽園とタンチョウ江戸時代の後楽園とタンチョウ

江戸時代の後楽園とタンチョウ

現在の後楽園とタンチョウ

後楽園のタンチョウは戦後一時途絶えてしまいましたが、昭和30年12月に、中国科学院院長で岡山の旧制第六高等学校で学んだことのある郭沫若氏が、中国学術文化代表団の団長として岡山に寄ったときに、タンチョウが手に入ったら贈りましょうと約束。翌31年に、タンチョウ2羽が引き揚げ船「興安丸」で贈られ、「チャメ」と「クロメ」と名付けられました。その後、北海道釧路市の協力もあり数が増え、現在県内では後楽園の他、県自然保護センターなどでも飼育されています。

郭沫若氏の詩碑

〈読み下し文〉

後楽の園はなほあれど 烏城尋ぬ可からず 願はくは丹頂の鶴をもって 作対して梅林に立たしめん

〈意 訳〉

留学時代が懐かしい後楽園も、
戦争で城を失った今の眺めは寂しい限り。
せめて鶴を立たせて後楽園の良き伴侶としたい。

郭沫若氏が、タンチョウのいなくなった後楽園を寂しく思い詠んだ歌です。

岡山県におけるタンチョウの数

飼育場所 岡山後楽園 岡山県自然保護センター きびじつるのさと
飼育数 8 42 10 62

※蒜山タンチョウの里 2羽を含む
平成25年4月1日現在

後楽園ではケージの中でタンチョウを飼育しています。
1月から4月にかけては、1年の内で、タンチョウが最も美しくなる季節です。
頭の赤色が濃くなり、羽も艶やかになります。
後楽園では、餌として朝・夕2回、アジ・オキアミなどの海魚やドジョウ、トウモロコシや小麦などの穀物を与えています。

現在はケージの中で飼育されているタンチョウですが、戦後一時途絶えるまでは、園内を自由に歩いていました。
明治から昭和にかけて活躍したアララギ派の歌人、中村憲吉氏が後楽園を訪れたときに、梅林を歩くタンチョウの美しい姿を歌に詠んでいます。

ケージの中でのタンチョウの飼育
梅林にある中村憲吉歌碑

〈読み下し文〉

『春さむき 梅の疎林を ゆく鶴の 高く歩みて 枝をくぐらず』

〈意 訳〉

梅林を歩くタンチョウの凛とした姿を詠んだもので、
謙虚な中村氏が、珍しく自ら歌のできを褒めたということです。

正月の放鳥

毎年1月1日には数羽のタンチョウを放鳥します。
新年のおめでたい雰囲気にふさわしい優雅な姿を楽しみに、毎年大勢の人が来園します。

正月の放鳥

タンチョウの放鳥訓練の様子

放鳥するタンチョウは、研究員が育てたタンチョウです。
お正月の放鳥の2~3ヶ月前から、開園時間前に訓練を行います。
庭の様子を覚えさせながら、研究員とタンチョウがコミュニケーションをはかり、信頼関係を築いていきます。

研究員の誘導で、ゆっくりケージから庭に出てきます。 沢の池や唯心山の上を旋回して、研究員のもとに帰ってきます。 芝の上をのんびり歩いて遊んだり、芝の中にいるミミズや昆虫を食べたりしています。 幼鳥の時は、タンチョウの親に似せたコスチュームを着て訓練します。

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